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ステップワゴンが評判なのは、まずその知名度の高さに加え、初代、2代目の買い替え予備軍のケタ違いの多さだと思う。ほぼ同時に発表されたライバルの日産セレナと売れ行きが拮抗しているのは、だからセレナの善戦と言えるんじゃないか。実際僕は今度のステップワゴン、どうにも違和感がつきまとう。
■何か新しい発想を
何しろこの3代目は、あのシビックtypeRの担当者が手掛けたというのがトピックであり自慢らしい。ホンダとしては2代目があんまりパッとしなかったから、何か新しい発想が欲しかったということなんだろう。で、その新しい発想の主役が低床化のようである。
低床化の狙いは車重の低重心化と、乗降性の向上だ。乗降性についてはしっかり数字にも表れていて、たとえば小さな子供や年配者への配慮は実現しているんじゃないか。ま、ライバルのセレナもステップの1段目を下げて対応しているから、現実には直接比較しないとジャッジできない程度なんだけど。
■「走り」って必要なの?
もうひとつは「走り」の向上。走る・曲がる・止まるについちゃあ、重心の低さは重要項目、ここでこそtypeR担当者の腕の見せ所というわけだ。けれども、ステップワゴンのユーザーってそんなに走りにこだわっている人は多いのかなあ、と僕には疑問がある。定員乗車時のNAエンジンの出力不足を訴える人の話は僕もよく聞くけれど、コーンリングがどうのこうのっていうような話は聞いたことがない。
シチュエーションとしちゃあ、たまにお父さんがひとりで乗ったときには、ワインディングロードもキビキビ走れますよ、ということでしょ。でもなあ、たとえば本当はtypeR乗りたいんだけど、奥さんや子供のためにステップワゴンにしましたなんてお父さんはそんなにいないだろうし、このクルマを買う人自体、そういう乗り方は元々しないんじゃないだろうか。人や荷物をつんで、なおかつ「走り」を求めるような人は、たとえばスバルのレガシィあたりを選ぶんじゃないのかなあ?
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■必然性はどこに?
さて、もうひとつの問題はスタイリングだ。これはイケナイ。
ある種の迫力と個性を求めたであろうフロントフェイスは、なんだろう、パーツの付ける順番を間違えたプラモデルと言うか、失敗した福笑いと言うか、あるいは性格の悪いトランプのジョーカーが笑っているみたいで、とにかくライトやグリルの配置のデタラメさ加減が実に気色悪い。ホンダは新しいオデッセイで何かを掴んだような気がしたけれど、あれは偶然だったのだろうか。
もちろん、あのボディサイドの唐突な切り込みはもはや論外で、クルマ全体から見て何の必然性もない。走り屋を自称する主査さんはアルファロメオあたりに憧れているのかもしれないけど、こんな箱にいきなり持ち込んでも成立する筈ないじゃないか。僕は事情をよくは知らないけど、よくもまあこんな造形が社内審査をパスしたもんだと思う。
それに、先の低床化がスタイリングに上手く反映していないのも残念。だって同じ低床化を図ったオデッセイは、それによってこれまでにない全く新しいクルマのプロポーションを実現したじゃないか。たしかにライバルよりは全高が低いけれど、それが5ナンバーの箱形ミニバンの概念を変えるようなところまでになってないんである。
極めつけは例のフローリング調の床だろう。typeR開発者を呼んでまで「走り」にこだわり、つまりは脱ファミリーカーを狙っているのかと思ったら、何と家そのもののフローリングを持って来るって一体どういう了見よ? つまりは、もう何もかもが中途半端といこと。
で、この中途半端さが全て開発者の責任かと言えば、実はそうも言えないと思う。だいたい5ナンバーの背高箱形3列ミニバンという存在自体からしてすでにおかしいんである。全高1.8メートルの8人乗りとヴィッツの幅がほとんど同じなんてありえないでしょう? そこに今度は「走り」の要素を持ってくるなんて、これはもう初めから中途半端にならざるを得ない発想じゃないか。そういうクルマを作らせること自体がもういただけない。恐らくライバルのセレナあたりと比べたら、コーナリング時の挙動などにそれなりの差があるんだろうけど、ハッキリ言って「それがどうした?」の世界だ。
ま、ホンダとしちゃあ売れればいいワケで、いまの販売状況が2代目みたいに失速しなければいいということなんだろうけれど。
(05/09/04 すぎもとたかよし)
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