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ラシーン本は、以前シリーズもののひとつとしても出ていたけれど、これはチーフデザイナー自身による、昨年刊行の新しいものだ。
日産による一連のパイクカーの締めくくりとされた同車は、パイクカーとしてはもちろん、量産車を含め、その5年間におよぶ開発手法がきわめて特殊であったことを強く訴える内容。
著者の坂口氏によれば、その特殊性はクルマというプロダクトを企画・デザインするうえで、本来あるべきであろうプロセスを数多く含んだものであって、今後の日本車の企画に大いに反映させるべき内容であるとも語っている。
その著者自ら、ラシーン開発の肝を「アナログ手法による感性品質強化」「アイデアの熟成時間」「異分野の知」とまとめている。
「アナログ手法」はまったくもってそのとおりだと思う。というか、クルマに限らず、プロダクトデザイン全般について、近年の若手のデジタルツール依存傾向を耳にしたことがあるのだけど、やっぱり現場はそうなのかと。
もちろん、それは若いスタッフや学生自身が怠けているのではなく、手描きによる表現を疎かにする技術的な環境を、どこかで肯定してしまういまの教育現場に問題があるのかもしれないとは思う。
一方で「熟成時間」については、新しい発想のクルマはこれほど長期間による複雑な過程を経ないと完成しないのか、なんて素朴な疑問もある。
まあ、このプロジェクトは途中プロデューサーが2回も変わるという不運もあったというけれど、しかし、それにしても企画の練り直しや試作モデルの数は結構なものだし、企画合宿などスタッフのコミュニケーション育成等々を含めた5年間という過程は並外れている。
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いや、そこにはプロジェクト後半、採用されたキースケッチが出されると、これが結構サクサクと進んだようにも見えて、果たしてそれまで多くを費やした膨大な企画検討は必要だったのか?と思わせるところがあったりするんである。
優れたプロダクトについて、かかった時間や手間を考えることに意味があるのかは難しいところだけど、仮に最初のキーワードが決まった直後になぜこの採用案は出なかったのか? やっぱり相応の熟成期間を持たないと無理だったのか、と。
たとえば、坂口氏が敬愛するというジウジアーロ氏による初代のパンダやゴルフはどうだったんだろう。きっと、このキースケッチを考えたデザイナーがそうであるように、要は才能のある人間による、明快でブレのない発想と閃きこそが肝心なのではないか。
だとすれば、氏がもうひとつ謳う「異文化の知」は建築やファッションなど、文字通りの異分野でなく、もしかしたら「外部カロッツェリア」という単純な話でいいのかもしれない。
僕はサラリーマンの仕事で頻繁に展示見本市に出掛けるんだけど、岐阜県が出資し、県内の木工や陶器、プロダクトなどを取りまとめる「オリベ・デザインセンター」なる財団がよく出展していて、毎回そのセンスの良さに目を引かれていた。
何で岐阜県で?なんて思っていたら、実は同センターは坂口氏がプロデュースしていたことを、偶然にも本書の奥付で知ることになったんである。
つまり、氏は間違いなくいいモノを見抜き、あるいは引き出す才能に長けた、まさに名プロデューサーなんだと思う。その彼が率いるチームが、長年の試行錯誤によってラシーンという名車を生んだとするのが本書だと。
それは決して間違いではないだろうと思いつつ、しかし同時に別の見方もできてしまうのが、恐らくはクルマというプロダクトの面白さであるのかもしれない。
(12/07/07 すぎもとたかよし)
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