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いや、惜しいなあと思うんである。
セダン不況などと言われる中、先代のティーダ・ラティオは結構評判だったし、いまのカローラもハイブリッドで盛り返した。一方で、新しいラティオが散々なのを見れば、要は商品力の問題で、5ナンバーセダンのニーズはしっかりあるんじゃないかと思うわけだ。
実際ホンダ自身もそのニーズを感じて、じゃあ、フィット・アリア以来のBセグセダンを復活させようという話みたいだ。
そういう意味で実に貴重な5ナンバーセダン。似たようなクラスの旧車に乗る自分としてもかなり気になったりするわけだけど、まあ、端的に言うとグレイスはあまりに個性がないと思うんである。
フィット・アリア同様、グレイスもフィットのお尻を伸ばしたのネと思わせるのは、たとえばボディサイドのキャラクターライン。けれども実際には独自開発という話で、なるほどよく見ればフィットと形状も位置も微妙に違っている。
違っているけどまあ基本同じに見えるわけで、別開発なのになんでそういうことをするのかと。それはインテリアも同じで、こりゃあ流用でしょうと思っていたら、やっぱり別開発ということで驚きなんである。
そしてフロントフェイスだ。このモチーフはある時期以降のホンダ顔と言えるもので、グリルの太い金属桟による表現は、たとえば先代のインサイトもそうだったし、現行オデッセイなどもそう。このたび発表された未来のクルマであるFCVも同じで、もう全展開だ。
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いや、同じこと自体はいいんだけれど、僕はこの顔にそれほど魅力があるとは思っていなくて、逆にこの顔を採用してしまうことで、途端にそのクルマの個性の大半が失われてしまうとさえ感じている。
実際、グレイスはこの顔であることで「ホンダのラインナップのどれか」という匿名性を持ってしまった。ホンダ車であることはアピールするけれど、どの車種であるかは埋没してしまうんである。この点、フィットはグリルにカバーを付けた処理でちょっとした特徴を得たけれど、グレイスにそういう工夫はない。
さらに、何となくありがちなクーペ調のキャビン、凝っているけど意図不明のリアランプ、そしていまどきのフェンダー端の縦ラインといった要素は、破綻こそしていないけど、何の個性も感じず、どこかで見たような格好のセダンになってしまった。
ホンダ的には、最近の「エキサイティング・H・デザイン」に則ったという格好なんだろうけど、それが似たようなカタチを追うことになってしまったのでは意味がない。苦労してフェンダーに微妙な膨らみなんか持たせなくてもいいから、もっと普遍的で飽きの来ないまとめ方はできなかったのかと思う。
そしてサイズも気になるところだ。Bセグというつもりで実車を見るとこれがずいぶんとデカくて、なるほど全長が4440ミリもある。もちろん、新興国などグローバル展開の都合もあるんだろうけど、この大きさが企画の甘さを示しているような気もする。
今回はホンダ自慢のHVシステムを使い、その点では商品として相当なポテンシャルを持っているんである。これはアリアの時とは話が違う。それだけにこの個性を欠いたスタイリングは実に惜しいというか、もったいない。
もちろん、「この素晴らしき世界」をCMに使ったとしても、あのワンダーシビックと並ぶなどとは決して言えないんである。
(14/12/05 すぎもとたかよし)
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